こんにちは、こいちろです。
いきなりですが、私は一級建築士の学科試験に4回挑戦し、そのうち2回は「足切り」(総得点ではなく、特定科目の基準点に届かず不合格になること)を経験しています。
合格までにかかった年数は5年。
一発合格でもなければ、順調な右肩上がりの成長でもありませんでした。
このブログでは「一発合格した人の必勝法」ではなく、「4回落ちて、2回足切りを食らって、それでも5年かけて合格した人」の記録を正直に書きます。
もしあなたが今、
- 頑張っているのに模試の点数が伸びない
- 過去問を何周もしているのに合格ラインに届かない
- また足切りをくらってしまった
- 「自分には向いていないのかも」と思い始めている
そんな状態なら、この記事はきっと役に立つと思います。
私自身がその状態を4年間繰り返した本人だからです。
この記事では、私が実際にやってしまった「やってはいけない勉強法」を5つ、正直に告白します。
かっこいい話ではありません。
むしろ恥ずかしい失敗談です。
ですが、同じ失敗を繰り返さないための、一番リアルな反面教師になれると思っています。
学科4回・足切り2回。私の受験遍歴の全記録

まず、私の受験遍歴を年表で整理します。
| 年目 | 出来事 | 結果 |
|---|---|---|
| 1年目 | 学科試験1回目 | ✕(記念受験に近い状態) |
| 2年目 | 学科試験2回目 | ✕(計画科目で足切り) |
| 3年目 | 学科試験3回目 | ✕(環境・設備科目で足切り) |
| 4年目 | 学科試験4回目 → 製図試験1回目 | 学科◯ 製図✕ |
| 5年目 | 製図試験2回目 | ◯ 合格 |
学科だけで4回、しかも2回は「足切り」という、総得点で合否が決まる試験とはまったく違う理由で不合格になっています。
この記事では、この「学科4回・足切り2回」の中身、つまり具体的に何をどう間違えていたのかを深掘りします。
一級建築士試験そのものの難易度・合格率や道のり全体像については、以前書いた記事で詳しく説明しているので、そちらをご覧ください。
この記事では「なぜ落ち続けたのか」という失敗の中身にだけ集中します。
やってはいけない勉強法5選

前置きが長くなりましたが、本題です。
私が実際にやってしまった「やってはいけない勉強法」を5つ紹介します。
① 「学校に通えば受かる」と思っていた
1年目、私は日建学院の講義に通ってさえいれば、なんとなく受かるだろうと思っていました。
いわゆる「記念受験」に近いマインドです。
当時は入社3年目で、業務がまったくこなせず、優先順位のつけ方すらわからない時期でした。
仕事に振り回されながら、悪天候の日や休日出勤が入った日は、講義を平気で欠席していました。
「今日は仕方ない」「来週まとめて挽回すればいい」——そう思っているうちに、講義への出席自体がゴールになってしまい、肝心の理解や復習がまったく追いついていませんでした。
出席していた講義の中身も、正直あまり記憶に残っていません。
覚えているのは、映像講義を見せられる形式で、自分がよくわかっていない項目になるとすぐ眠くなっていたことくらいです。
わからないから眠くなり、眠いからさらに理解が進まない、という悪循環に入っていたのだと思います。
今振り返ると、この「わからない箇所ほど眠くなる」という状態自体が、当時の本気度がまだ足りていなかったことの表れだったのかもしれません。
💬 こいちろの体験談
当時の私は、正直「受かる気」があまりなかったと思います。1年目は受験資格を得たばかりで、「まずは雰囲気を知る年」くらいの位置づけでした。今思えば、そのマインドのまま突入したことが、そもそもの出遅れだったと感じています。
結果は当然、不合格。
ただこの1年目については、足切りというより、そもそも準備不足による総合的な力不足でした。
② 苦手科目から逃げた
私にとって、建築史の暗記は本当に苦痛でした。
年号や様式名を丸暗記する作業に苦手意識があり、気づけば後回しにし続けていました。
この「苦手科目からの逃げ」が響いたのが2年目です。
建築史を含む「計画」という科目で、基準点に届かず足切りになりました。
得意科目や好きな分野の勉強は、手が動きやすく、進んでいる実感も得やすいものです。
一方で苦手科目は、机に向かうこと自体が億劫になります。
私はまさにその罠にはまり、苦手科目を後回しにし続けた結果、足切りという一番手痛い形で不合格を突きつけられました。
③ 全科目で満点を狙った
苦手科目から逃げていたかと思えば、一方で「全科目まんべんなく高得点を取らないといけない」という思い込みも持っていました。今振り返ると矛盾しているようですが、「苦手科目は避けたいが、手を抜いてもいけない」という中途半端な意識のまま勉強していたのです。
一級建築士の試験は、科目ごとの基準点さえ超えていれば、極端に言えば満点を取る必要はありません。「捨て問を作る」「得意科目で稼いで苦手科目は基準点超えだけを目指す」といった資源配分の発想が、当時の私にはまったくありませんでした。限られた勉強時間を、優先順位のないまま全科目に均等に投下していたのです。
④ 敗因を「科目単位」でしか分析しなかった
これは、後から振り返って気づいた、一番の反省点です。
2年目に「計画」科目で足切りになったとき、私は「計画が苦手だから、計画を頑張ろう」という科目単位の対策しか立てませんでした。
しかし本当の弱点は、科目という大きな単位ではなく、もっと細かい「項目単位」に潜んでいたのだと思います。
当時はここまで自己分析ができていなかったので、あくまで推測ですが、おそらく「計画」の中でも特に覚えにくかった一部の単元が弱点だったのに、翌年は別の科目(環境・設備)の中の、また別の覚えにくい単元でつまずいたのだと思います。結果として3年目は「環境・設備」で足切りとなりました。
科目単位でしか敗因を捉えていなかったせいで、モグラ叩きのように、対策したところとは別の場所を撃たれ続けていたのです。
💬 こいちろの体験談
「計画で落ちたから計画を勉強する」ことは間違ってはいません。ただそれだけでは粒度が粗すぎたのだと思います。今なら「計画のどの項目で何点落としたか」「環境・設備のどの単元が弱いか」まで分解して対策すべきだったとわかりますが、当時はそこまでの発想がありませんでした。
⑤ 過去問の「周回数」を目的にした
2〜3年目、私は過去問を「2周ちょっと」やって試験に臨んでいました。
そして両年とも足切りで不合格。
一方、最終的に合格した4年目は、過去問を5周していました。
ここで伝えたいのは、単純に「周回数を増やせば受かる」という話ではありません。
むしろ逆で、周回数を稼ぐこと自体が目的化してしまうと危険だということです。
2〜3年目の私は、「過去問を〇周やった」という事実に安心してしまい、一問一問の意味をきちんと理解しないまま、答えを覚えるような回し方をしていました。
これでは、過去問と少し違う角度で問われた瞬間に、正答率が一気に落ちてしまいます。
実際、私はそのパターンで足切りを2回経験しました。
「過去問 何周」と検索する受験生は多いと思いますが、大事なのは周回数そのものではなく、1周ごとにどれだけ「理解」を積み上げられているかです。
理解のない周回は、本番でひねられた瞬間に崩れます。
「足切り」はなぜ起きるのか。2回経験した私の対策
ここまで読んで、「そもそも足切りって何?」と思われた方もいるかもしれません。
一級建築士の学科試験は、5科目(計画・環境設備・法規・構造・施工)の総得点だけでなく、科目ごとに設定された基準点(足切りライン)を1点でも下回ると、総得点に関わらずその時点で不合格が確定します。
つまり、他の科目でどれだけ高得点を取っていても、1科目でも基準点に届かなければアウトという、非常に厳しい仕組みです。
私はこの足切りを2回経験しました。
2年目は「計画」、3年目は「環境・設備」です。
ただ、この2回は中身が少し違います。
2年目は正直、総得点自体もあやしい状態でした。
一方3年目は、総得点では合格ラインに届いていたにもかかわらず、基準点という一点だけで弾かれました。
全体の実力はついてきていたはずなのに、という悔しさは3年目の方がずっと大きかったです。
この経験から私がたどり着いた対策は、シンプルです。
「得意科目で高得点を狙う」より先に、「全科目で基準点を絶対に下回らない」ことを最優先に据えることです。
具体的には、模試や過去問演習の際に、総合点だけでなく科目別の得点を必ず確認し、基準点ギリギリ、あるいは下回っている科目があれば、そこを最優先で埋める。
得意科目をさらに伸ばすのは、その後で構いません。
足切りは「たまたま調子が悪かった」では済まされない仕組みです。
基準点死守を勉強計画の一番上に置くこと——
これが、2回の足切りを経験した私からの、一番伝えたい対策です。
生活を変え、やり方を変えた。3年目→4年目の段階的改善

3年目、私は2年連続の不合格を受けて、生活そのものを変え始めました。
ただし、最初から完璧に変えられたわけではありません。
段階的に、少しずつです。
まず手をつけたのは、趣味をセーブすることでした。
漫画・動画・ゲームといった、いわゆる「時間泥棒」になりがちな趣味を控えるようにしました。
ただし、最初からずっと完全に断っていたわけではありません。
試験直前のラストスパート期間(1〜2か月ほど)は完全に絶っていましたが、それより前の時期は「かなりセーブする」くらいの現実的なラインで付き合っていました。
正直、趣味を我慢している最中も勉強のことが頭をよぎり、モヤモヤすることはありましたが、「合格したら思う存分没頭する」と決めて自分を納得させていました。
お酒についても、かなり制限するようにしました。
ただし正直に言うと、完全に断っていたわけではありません。
会社の飲み会には参加していましたし、付き合い程度には飲んでいたと思います。
「ストイックに完全禁酒しないと受からない」というわけではなく、「かなり制限する」くらいの現実的なラインでも十分だったというのが実感です。
通勤方法も変えました。
それまでは自転車通勤だったのですが、悪天候の日は日建学院の自習室に寄りづらいという問題がありました。
そこで車通勤に切り替え、仕事帰りにそのまま自習室に直行できる導線を作りました。
そして、3年目には朝勉強も始めました。
ただ、こうして生活を変えた3年目も、結果は「環境・設備」での足切りでした。
生活を変えただけでは、まだ受からなかったのです。
💬 こいちろの体験談
3年目は正直、一番悔しかった年です。趣味も我慢して、お酒も控えて、通勤方法まで変えて、朝勉強まで始めたのに、また足切り。「これだけ頑張ったのに、まだ落ちるのか」というショックは大きかったです。ただ、このときの経験があったからこそ、4年目に「生活を変えるだけでは足りない、勉強のやり方そのものを変えないといけない」と気づけたのだと思います。
4年目は、3年目の生活改善を維持しつつ、勉強法そのものを見直しました。
前章でお話しした「科目単位ではなく項目単位で弱点を潰す」「過去問は周回数ではなく理解を重視する」「基準点死守を最優先にする」といった考え方に切り替えたのが、この4年目です。
当時の私は30歳手前で、「いつまでこの試験を続けるのか」という危機感を抱えていました。早く合格して、次のライフステージに進みたい。
実は「結婚は合格してから」と自分の中で決めていたほど、この試験を人生の関門として捉えていました。
計画・環境設備はもともと興味の薄い科目だったので、「だからこそ早く終わらせたい」という気持ちが、満点を狙わず基準点超えだけを目指すという、「③全科目で満点を狙った」でお話しした合理的な資源配分にもつながっていたのだと思います。
💬 こいちろの体験談
4年目の学科試験当日の夜、今の妻(当時は交際相手)と焼肉を食べに行きました。試験中、計画で過去問にはない問題が出て、「またあの足切りが来るかもしれない」という危機感がよぎったのを覚えています。手応えとしては、構造・法規はまずまず、施工はいまひとつ、計画はヒヤリという感覚でした。ただ、自己採点で基準点を超えていることを確認できたときの安堵感は今でも覚えていて、そのせいか焼肉の肉がいつもよりずっと美味しく感じました。「構造で稼いで、施工は8割、苦手科目は基準点超えだけを死守する」という4年目の作戦の答え合わせを、その夜の安堵とともに実感した瞬間でした。
この記事で一番伝えたいのは、「一夜にして生活も勉強法も完璧に変えなければいけない」わけではない、ということです。
私自身、3年目に生活を変え、それでも落ち、4年目にようやくやり方を変えて合格しました。
段階的でよいのです。
ただし、環境や根性を変えるだけでは受からず、最終的にはやり方(勉強法)そのものを変えて初めて合格できる、というのも事実です。
実録・4年分の勉強時間
「一級建築士 勉強時間」で検索すると、一般的な目安として一定の時間数がよく紹介されています。
ただ、そうした一般論はすでに別記事で扱っているので、ここでは私自身の4年分の勉強時間の実録だけをお伝えします。
- 1年目:講義に出席するだけで精一杯。
仕事の内容が右も左もわからない状態で、自主的な勉強時間はほとんど確保できませんでした。 - 2年目:朝勉強はまだなく、夜だけの勉強でした。
- 3年目:朝勉強を開始。ただし当時の仕事は深夜0時を超えることもあり、徹夜になる日もあるような働き方だったので、夜の勉強時間はできる日とできない日でムラがありました。
- 4年目:朝1〜1.5時間(暗記系の回転科目を中心に)、夜2〜3時間(法規中心)というリズムで勉強していました。
この推移を振り返って感じるのは、「朝勉強をしたから受かった」という単純な話ではないということです。
当時の私の仕事は深夜残業が当たり前で、夜の勉強時間はあてにできませんでした。
だからこそ、唯一自分でコントロールできる「朝」の時間を、固定の勉強枠として死守する必要があったのです。
もしあなたの仕事も夜の時間が不安定なら、「唯一自分でコントロールできる時間帯はどこか」を考えてみることをおすすめします。
私の場合、それが朝でした。
落ちた後の立て直し方と、次の一手

最後に、私が2回の足切りを経験した「その後」についてお話しします。
2年目に足切りで落ちたとき、私の反応は「しょうがないか」でした。
気持ちの切り替えは早かったのですが、実は勉強の再開は遅く、しばらく手がつきませんでした。
おそらく、まだどこかに1年目の「記念受験マインド」の名残があり、危機感が薄かったのだと思います。
一方、3年目に足切りで落ちたときは「またかよ」という絶望感が強く、正直かなり引きずりました。
ですが、このときは勉強の再開自体は早かったのです。
この2回の経験から言えるのは、「メンタルが回復する早さ」と「行動を再開する早さ」は、まったく別物だということです。
ショックを引きずっていても構いません。
無理に前向きになろうとしなくても大丈夫です。
ショックを抱えたまま、それでも机に向かえばいい——
それだけで、行動としては十分再開できています。
もし今、あなたが不合格通知を受け取ったばかりで、立ち直れていないとしても、それは問題ではありません。
気持ちが晴れないまま机に向かうことも、立派な「立て直し」の一歩です。
この記事では、私が4年間かけて経験した「やってはいけない勉強法」の中身を、できるだけ正直にお伝えしました。
試験そのものの難易度・合格率や受験遍歴の全体像については、以前の記事で解説していますので、あわせてご覧ください。
次回以降では、製図試験の話や、独学・通信・通学の選び方についても書いていく予定です。
今、頑張っているのに結果が出ずに悩んでいるあなたに、少しでも参考になれば嬉しいです。

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